『同胞 (はらから)』(1975・日本) | 劇団を支持する意味。

「この村の青年会で演劇を主催してみませんか」
そう持ちかけられて、くわしく話を聞くと65万円かかると言う。

「なんで俺たちが金を出して、お前らを食わせてやらねばならねえんだ?」
この反応は当然である。1975年当時の65万といえば……いや、今だって大金だ。

ただでさえ人手不足に悩む田舎の農家。
出稼ぎをしても食っていくのがやっとの生活。

都会で好きな演劇をして遊んでいるような奴らに払う金など一円もない。
だがしかし───。

この「統一劇場」という演劇集団は、今までにも地方の青年会と力を合わせ何十、何百回の公演を成功させてきたという。

他の青年会にできて俺たちにできないってどういうことなんだ?
やりもしないであきらめるってことは、もうその時点で負けているってことなんじゃないか?

青年たちの意識に変化が起き始める。
睡眠時間を削り、延々と続けられる話し合い。

そしてついに彼らは主催することを決めるのだが……。

というお話です。
本作について、五十嵐敬司助監督、山田洋次監督がそれぞれの著書の中で熱い思いを綴られているので、以下に引用させていただきます。

『同胞」(七五年)の青年たちも素晴らしかった。
引っ込み思案の農村青年たちが、統一劇場のオルグの女性に励まされながらとうとう公演を成功させてしまうという話である。実際にその活動をやりとげたことのある青年たちの住む、岩手の松尾村が舞台になった。八幡平の山ふところにある松尾村は、ロケーション先としては非の打ちどころがない。残るのは青年諸君、村人たちの協力がどれだけ得られるかにかかってくる。
実際に公演を取り仕切った当時の会長は、
「俺はもうOBだから今の会長に会ってけろ」
新会長の方は、
「俺ひとりでは何とも決めれねえから、総会に出てみんなに説明してくれろ」
総会に出席させてもらい、大勢の会員の前で映画の狙い、我々が松尾村で撮影したいのはどんなふうなことかを述べた。挙手しない人も何人かいたが、大方の賛同を得た。OB会員たちが軸になって、協力態勢をつくってくれた。
自分の書いたラブレターを配達する破目になったエピソードを聞かせてくれた柏台郵便局の藤田君は、そのまま郵便局員として出演することになった。
主だった会員はわさわざ大船のセットまで来て総会のシーンに出演してくれた)その熱演は、補強のためにオーディションした在京の劇団の若者たちを完全に圧倒してしまった。方言の芝居は彼らに有利とはいえ、経験したことを再現しているという強味が存分に発揮された。
青年たちとは映画完成後もつきあい続けている。

たとえば「同胞」という映画を最初につくりたいと思ったモチーフは、あの映画に出てくる「統一劇場」という劇団でした。私は、たまたま彼らの芝居を見ましたところ、なんとも不思議な芝居で、けっしてうまくはありませんが、ものすごくバイタリティーがある。同時にとても芝居に親しみがあって、労働者を主体とした観客の反応がじつにビビッドで生き生きとしていて、全体としていうにいわれぬ魅力的な劇場が成立しているという魅力的な雰囲気でした。
どうしてこのような劇団が生まれたのかという興味をもって劇団の人に会ったり、直接劇団を訪れていろいろな話を聞いたりしているうちに、いつしかこの劇団の人たちに魅せられ、この人たちを主人公にして映画ができないものだろうか、と考えたのが最初のスタートでした。
この劇団は、大都会でなくもっぱら全国の小さな村や町での公演だけをやっていました。公演の半年ぐらい前からオルグと称する人が村や町に乗りこんでいって、そこの青年たちといっしょに何ヵ月もかかって粘り強く実行委員会をつくっていって、公演を実現してゆくのです。私はそうしたことを調べて劇団の活動を主体として脚本にしてみました。
その公演のための実行委員会には、当然、町や村の働く若者たち、農村の青年たちが参加して、この青年たちがヘゲモニーをもって公演を実現するわけですが、脚本を書いてみましたらどうもそのへんがあまりうまくいかない。どうもこれは違うな、と思いながら、冒頭の冬のシーンは早く撮らないと雪がなくなってしまうということで、やむをえず三月に岩手県へ出かけていって、雪のシーンだけを撮ったわけです。
それから東京に引揚げてきて、どうしたものかと思って脚本をにらんでいるうちに「そうだ、これは劇団の側から見ているから違ってしまうんだ」と気がつきました。つまり公演する劇団のほうから町や村の青年を見るのではなくて、青年の側からその劇団のオルグないし劇団を見ると、必然的に青年たちの物語になっていくのではないだろうか。そして考えてみると、「統一劇場」の今日ある姿も彼らがつくっている演劇の内容も、すべて今までこの劇団を支持してきた大勢の観客によってつくられたものではないだろうか、と。つまり、この劇団を育ててきたのは、地方都市、農村、漁村の青年たちなんだから、この映画はそれらの青年たちが主人公であって当然なのだ、いやどうしてもそうでなければならない、と思ったのです。
そこでもう一度、脚本を根本的に書きなおして五月の田植えどきから再び撮影を開始したのですが、三月に撮ったシーンはほとんど使えませんでした。タイトルバックぐらいにしか。
ある素材があって、それを見たときにふとひきつけられたとすれば、その素材のなかにはひきつけられただけのなんらかの理由が必ずあるはずです。しかし、その素材がそのまま正確に作品化されるかどうかといいますと、それはまた別問題です。ただ、その素材に最初に魅力を感じたときの自分の気持が正直で嘘がないならば、必ずなにか大事な主題がその作品に潜んでいるに違いないわけで、創造過程のなかで今度はそれを正確に発見していくということが大事なのです。

監督 山田洋次
脚本 山田洋次 朝間義隆
原作 山田洋次
製作 島津清 名島徹
撮影 高羽哲夫
美術 佐藤公信
音楽 岡田京子
録音 中村寛
照明 青木好文
編集 石井巌
助監督 五十嵐敬司
スチール 長谷川宗平

キャスト
倍賞千恵子 河野秀子
寺尾聰 斉藤高志
下絛アトム 柳田進
土谷亨 木村茂
河合進 渡辺純一郎
岡本茉利 福田愛子
赤塚真人 斉藤忠治
市毛良枝 小野佳代子
笠井一彦 菊地健一
井川比佐志 斉藤博志
杉山とく子 斉藤富美
木村晃子 斉藤晴美
下絛正巳 小柳文治
大滝秀治 松尾中学校校長
三崎千恵子 小野きぬ
渥美清 消防団団長

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