『2001年宇宙の旅』<午前十時の映画祭>|400万年人類進化せずの旅?

ついにスクリーンで観ることが叶った。

暗闇から浮かび上がる惑星直列。
もうこれだけで名作間違いなしの予感がよぎる。

(ワタシは原作を読んだことがないし
映画「2010年~」も観ていない。
数多くある解説本も未読なので
とんちんかんなことをこれから言いますが
どうか笑ってお許しください)

スタンリー・キューブリックと、
アーサー・C・クラークは、
それぞれ別のことが言いたかったのではないか。

地球人が、異星の生命体(?)によって
ひとつ上の次元に引き上げられた新人類
"スターチャイルド"。

クラークは「進化は善きこと」という立場、
キューブリックは「類人猿も現代人も大差ない」
と思っているような気がする。

最初の"人類の始まり"は野獣のような雄叫びや、
鳥や虫の鳴き声、ハエの羽音など、
地球は生命力に充ち満ちている。
そこに突如現れるナゾの人造物“モノリス”。
(実は400万年前、何物かが
ある目的のために埋めていった)

一転して、観客は宇宙空間へ放り出される。
「美しく青きドナウ」をバックに、宇宙船が
ランデブーする場面にはうっとりさせられる。

しかし途中から、宇宙船遊泳のBGMには
重苦しい呼吸音が使われるようになる。

暗黒の中、等速度運動し続ける宇宙船。
そして永遠の彼方に落ちてゆく宇宙飛行士…

それはたった一度のミスでとんでもない方向に
飛ばされていってしまいかねない
危うさと恐怖を喚起するのに十分だ。

宇宙船の内外は機能美の極地。
どの配置物も、無駄を省いた
曲線と直線から形作られている。

虫の羽音は聞こえないが、代わりに、
コンピュータの「ブーン」といううなり声…。

宇宙飛行士が遠く離れた地球と更新する。
荒い解像度のモニターに映る愛娘。
しかし幼すぎて会話が成り立っているとは
言いがたい。両親からのビデオレター。
ハッピーバースディを歌ってくれている。
しかしそれは一方的に流れるだけ。
心は伝わってきても、交流はない。

彼らを人間と定義づけていいものか。
ただのドットの集合体、もしくは
過去の記憶に過ぎないのではないか。

まだHALのほうが話し相手としては上等だ。
いったい人間とコンピュータの境界線を
どこに引けばいいのか曖昧に思えてきてしまう。

ボウマン博士が船内を歩き回りながら
スケッチをしている。
そのフリーハンドで描かれた似顔絵を観た瞬間、
いつのまにか緊張を強いられていた自分に
気づかされた。

他愛ない絵がこれほどまでに愛しいとは!
幾何学的なものばかりに囲まれていると
知らぬ間に心は萎縮してしまうのだろうか。

HAL9000は人間のことを
バカにしきっていたと思う。
なにしろ人間ときたら、
毎日食事はとらなきゃいけないし、
トイレに行かなきゃいけないし、ミスはするし、
まったくもって効率の悪い生き物だ。

HALがなぜ謀反を起こしたかはナゾだ。

無責任に推理させていただくと、
ことあるごとに、他の宇宙飛行士が
「HALは6番目の仲間」と言うことに
プライドを傷つけられたのではないか。

自分こそ最重要な役目を担っているというのに。
手足になるロボットさえ作ってくれれば
ノーミスでどんな作業でもやってのけるのに。
ちょっとこらしめて自分の価値を
彼らに再認識させてやろう…。

ボウマン博士がHALにスケッチを見せたとき
「上手くなった」的なことを言うシーンがある。

本当に、絵の上手さを判定する能力があるのか?
ワタシはないと思う(←いいのか、おい)

人間は描けば描くほど上手くなってしまう
(下手になることはまずない)生き物だからして
そういう情報をインプットされていたら、
「前よりいい」くらいのことは言えるのでは。
そういうちょっと負けず嫌いな性格が
HALには見受けられると思うのだが。

もちろん、「実物に近ければ近いほど
それは写実的で上手いのだ」というルールならば
HALにも判断はできるであろうが、
「手塚治虫とウォルト・ディズニー、
どっちの絵が可愛い?」とかは
答えられないと思う。

まあそれは人間も一緒ですね…

さて、この後、物語はどうなるのか。
おそらくスターチャイルドが
人類を凌駕し、地球を席巻するのだろう。

それは今よりとても効率的にはなるだろうけれど、
同時に何の面白みも魅力もない世界であろう。
(それを“進化”と呼んでいいのかどうか。
我々、現代人からしたら“侵略”になるのか…)

エンドロールが終わり、画面が真っ暗になっても
「美しく青きドナウ」は流れ続ける。
その美しさといったらない。

音楽は…音楽だけはさすがにHALには
作り出すことはできないだろう。
教わった歌をコピーすることはできても。

映画館を出ると、外の世界はうって変わって
無遠慮に配置された電柱、看板、自動販売機、
ゴミ、標識…。この人間味にあふれた雑踏に
紛れ込んだとき心底ほっとする自分がいた。

まあそれにしても、である。
40年前の特撮が、今のCGより凄いって、
一体どういうことっすか?

やはり人間は進化しない生き物なのだ。
(ムリヤリ感たっぷりな結論)

考え抜かれたデザイン、作りこまれた映像。
それこそ計器に現れる線グラフ1本さえ
手を抜いていない。大いに見習いたいものだ。