映画『ミッション:8ミニッツ』(2011・アメリカ) | トンデモ考察。

Source Cord ミシェル・モナハン ジェイク・ジレンホール

※ 完全ネタバレしてます!

本編をご覧になった方のみ、この先をお読みください。

ナゾだらけの映画です。
あのラストシーンはどういうことだったのか。

それともうひとつ。

スティーブンスとクリスティーナは最後に助かり、
巨大モニュメントの前に立ちます。

しかしあのモニュメントは、
スティーブンスがいちばん最初に平行世界に転送されるとき、
すでに走馬灯の中に出現していました。

これらは一体どう考えたらつじつまが合うのか?

以下、独断と偏見のトンデモ解釈です。

まず、時系列に出来事を追っていきましょう。

ラトレッジ博士とグッドウィンが存在する世界、
これを仮に「A世界」とします。

このA世界で、7時48分、テロによる列車爆破事故が起きます。

このあと、映画では描かれていませんが、おそらく
死傷者の・・・いや、全員死亡ですから死亡者ですね・・・

死亡者の脳の中から、スティーブンス大尉の脳と、
いちばん相性の良い脳の選定と同期が行われました。

この作業が完了した時間を、10:00と仮定します。

(A世界では、時刻を示すものが一度も映らないので・・・。
これにも重要な意味があるのでしょう)

10:00にグッドウィンが、スティーブンス大尉を
平行世界に転送します。

送られた先の世界を、ここでは
「a’世界」と呼ぶことにします。

この世界が始まる時刻は、つねに07:40です。

(ここでタイムスリップを用いなければならないのが、
脚本的にいちばんの弱点でしょう。これは後述します)

スティーブンスは、a’世界では
ショーンという世界史の教師として存在しています。

ショーンの脳と同期しているからですね。

言うまでも無いことですが
彼は、乗客からはショーンとして認識されています。

顔かたちがショーンなのですから当然ですよね。

しかし、彼の脳にはスティーブンスとしての記憶しか無いので
自分をスティーブンスだと思っているし、

観ている我々も、彼と同じ視座を与えられます。

(考えてみれば、転送された世界での彼は、
絵的にはショーン役の俳優さんが演じていなければ
おかしいのですが、
自意識はスティーブンスなのですから、
映画的にはまったく正しい判断だと思います)

このあと、爆破犯人を見つけるまで、スティーブンスは
平行世界に何度も何度も転送されることになります。

順番でいうと、こんな感じです。
A世界 → a’ → A世界 → b’ → A世界 → c’ → ・・・ →犯人逮捕

最後の最後、犯人が拘束され、誰も死なない世界を
仮に「z’世界」と呼ぶことにします。

この平行世界のルールは以下のようなものです。

1.平行世界の始まりは07:40。
終わりは07:48
(ショーンが死亡しなかった時はこの限りにあらず)

2.スティーブンスの行動が変わると、
それにつれて乗客たちの反応も変わる

3.スティーブンスだけは、過去情報を記憶&蓄積できる。
他の乗客たちはすべて07:40の状態にリセットされる

この世界観を一言で表すなら
「我々は、無意識下ではすべてつながっているし、
すべてを知っている」……

ユングが提唱した「集合的無意識」に
近いものではないでしょうか。

スティーブンスが違った行動をとるたびに、
バタフライ・エフェクト現象で、
どんどん新しい事態が引き起こされます。

絶対的ルールとして、スティーブンスは、
「a’からいきなりz’」
あるいは、a’b’をはしょって「c’からz’」
には行けないはずです。

z’に行くためには
「拳銃を手に入れる術を知っていなければならない」
「起爆装置が2個あることを知っていなければならない」
などなど、クリアしておかねばならない
諸々の前提条件があるからです。

a’ → z’ というアルファベット順
(スティーブンスの経験値がだんだんと高くなる順)
を守るならば、あるいは双六のように、
いくつかの目を飛ばして
「上がり」に到達できる可能性はあると思いますが、
「z’ → a’」という逆順には、絶対に進めないはずです。

ここで、最初の問題に戻ります。

なぜ、スティーブンスは、
「z’世界」でしか見られないはずのモニュメントを
「a’世界」に飛ばされる前に見ることができたのか?

これは映画の構造上、期せずして(?)
時間トリックが仕掛けられた形になっていました。

つまり、スティーブンス本人(と我々観客)の感覚としては
「a’に飛ばされたあと、Aに戻り、次にb’に飛ばされ、またまたAに戻り・・・」
という具合に時間が過ぎていった、と認識しているわけです。

しかし実際には、「a’世界」から「z’世界」は
同時に存在しています。

言い換えれば
「平行世界の時計は、どれも常に同じ時刻を示している」
ということです。

だから、スティーブンスがAからa’に飛ばされた
10:00という時刻に、
z’世界では既に、クリスティーナと一緒に
モニュメントの前に立つスティーブンス(08:30頃の出来事?)
という事象が発生し終えていたのです。

そう考えると、

1.なぜ彼は転送されるたびに走馬燈を見るのか。

2.そのとき、必ずといっていいほど
モニュメント映像が現れるのはどうしてか。

の説明がつけられます。

A世界から、平行世界に飛ばされるとき、
プログラム(あるいは神?)が、無数にある平行世界のうち、
どれに飛ばそうかシークしている状態が、あの走馬燈であると。

そしてモニュメントとは、
ゲームでいうところのエンディングです。

スティーブンスの、平行世界への過酷な旅は、
z’世界にたどり着くことで、終わりをむかえるのです。

余談ですが、序盤でクリスティーナに進路相談されて、
スティーブンスは思わず「同じ列車だが道が違う」
と言いました。このセリフは、ですから

1.何も状況を飲み込めていなかったときの、彼の率直な感想

2.それをクリスティーナは、自分へのアドバイスと受け取った

3.実はスティーブンスの置かれた状況を端的に言い表していた

の、トリプル・ミーニングになっているわけです。
(閑話休題)

以上のことからモニュメントは、
映画における基本軸のようなものとして、
とても重要な意味を持っていますし、
もしかしたら、実存しているのは(A世界を除くと)
モニュメントを見られる「z’世界」だけかも知れません。

(他の、「a’~y’世界」は、ラトレッジ博士や
グッドウィンの言うとおり、スティーブンスの残像かも)

「y’世界」(最後から数えて2つめの平行世界)で
犯人を特定できたスティーブンスは、グッドウィンに
「まだ何かを見落としている」と言い、
もう一度だけ、自分を転送してくれるよう願い出ます。

この「何か」とは、
“モニュメントが意味するもの”です。

平行世界の中にひとつだけ、
全員が救われる世界が確実に存在する。

その証拠が、モニュメント(に映る幸せそうな二人)
であることに気づいた彼は、
生命維持装置を停止させる危険を冒してまで、
新しい世界が誕生するかも知れない可能性に賭けたのです。

以上のことから、モニュメントはいくら強調しても
強調しすぎることはないと言えるほど、大切なものでした。

さて、問題のラストシーンです。

グッドウィンが、スティーブンスからのメール・・・いや、
あの文面は完全にショーンの立場に立って作成したものですね、

ショーンからのメールを受け取ったシーンのみ、
A世界ではなく、Z世界です。

Z世界とは、グッドウィンが生命維持装置を停止した瞬間に、
z’が”リアル化した”新世界です。

米軍施設内の映像の中で、
このシーンだけが時系列に並んでいないので
まるでスティーブンスが過去に向けて
メールを送ったようにも見えますが、
そんなことはありません。

z’世界内で普通に打ったメールです。

ここは、制作側がわざと時間トリックを仕掛けたというより、

「多少分かりづらくなるのを承知のうえで、
ラストカットはどうしてもあれにしたかった」

・・・真相はこんなところじゃないかと邪推していますが、さて?

ここまで読んでいただいて何ですが、
上記の考え方は矛盾をはらんでいます。

「どの平行世界も時刻は同じ」としてしまったら、
スティーブンスが10:00から07:40に飛べなくなるからです。

これは娯楽映画ということで、面白さを優先したのかなと。

そう考えているのですが・・・ちょっと苦しいですね。

苦しい部分はまだまだあります。
いくつか挙げると・・・

・ショーンのケータイはなぜ壊れていたのか?

・スティーブンスは迷うことなく、
ショーンの腕時計を8分前にタイマーセットできた。
ショーンとしての記憶はゼロなのに、
なぜ操作方法を知っていた?

・なぜスティーブンスはグッドウィンの名前を知っていたのか?

・y’世界で、スティーブンスは走っている列車から飛び降りる。
その先にあつらえたように拳銃が落ちていたのはどうして?
(これは、スティーブンスが飛び降りる瞬間、
自ら拳銃を放り投げたようにも見えました。
引き続き調査継続します 笑)

・グッドウィンへのメールを、
わざわざ犯人のケータイから送ったのには意味があるのか?

・監督はインタビューで「タイトルバックにもヒントがある」と言っていた。どこ? ねえ、どこなの?

そして、最大の謎。。。

列車が10分遅れているのに、
犯人はなぜ上りと下りが重なり合う
ジャストのタイミングで爆弾を爆破させることができたのか?

こちらの謎をメインに据えて考えると、どうしても
「z’以外は、全部スティーブンスの夢だった」説
を持ち出すしかなくなり、
その他の謎も「夢オチ」で一挙解決できてしまい、
あまり面白くないので、できればこれは採りたくないです。

他に考えられるのは

「我々は、無意識下ですべてつながっているし、
すべてを知っている。
しかも実は、未来を予知する能力も持っているのだ!」

・・・これもオールマイティすぎて面白くないです。

まあ、映画は100人いれば100通りの解釈があると言いますから
正しい答えなどないのかも知れません。

あまりにも時間パズルが面白いので、
そこだけで話がおわってしまいがちですが、
本作の魅力はそれだけではありません。

主人公スティーブンスのヒーロー性が
観客の心を惹きつけてやまないのです。

「世界を救ってくる」

このシーンは何度見ても胸が詰まりますね。
そして、帰ってきた彼にクリスティーナが一言。

「世界は救えた?」

・・・この映画に出会えて本当によかったと思う至福の瞬間です。

こんなことを書いていたら、また観たくなってきました。
慣れない事を考えたせいで、私の頭も真っ白です。

最後までおつきあいくださり、誠にありがとうございました!